2008年03月30日

祐三、切り替えー

サポーターへの挨拶を終えたあと、祐三はこの日のイベント、子どもたちとの記念写真を撮ったあと、ロッカールームに直行した。表情は終止険しかったというか、憔悴しているようにも見えた。
スタンドの子どもが、「小林祐三に無視されたー。声かけても振り向いてくれなかったー」
と親御さんに話していた。

祐三くんはね、今とってもつらいんだよ、と教えてあげたかった。


その理由が、今日の2失点の原因となってしまったからというのは想像に難くない。



怪我人が続出した末に選択した布陣は、攻撃的だった。

トップはチュンソンと大津。右に太田、左にシゲ。ボランチは俊太と大谷。
DFは右にクラ、左に石川。CBは次郎と祐三。


スピードが武器の太田にあわせ、クラの位置取りはこれまでどおり高い。
シゲは足元の技術の巧みさでタメを作れる分、石川はクラほど上がらないが、それでも比較的高い位置にいる。
ボランチは位置取りを見てると俊太が攻め方、大谷が守り方というのがはっきりわかる。
(大谷はフェースガードをしていた。鼻骨を折ったのだろうか)
次郎も攻撃参加がずいぶんあり、惜しいシュートもあった。

一目見れば祐三の守備の負担がすごく重くなっていることがわかる。



最初の失点は祐三のファールによるFK、2失点目は祐三のトラップミスからだった。
ガッツのある祐三のことだから、逆に人一倍責任を感じているに違いない。



今日の明るい話題としては、古賀がサブに入ったこと。
後半から投入すれば2失点目は防げたかもしれないが、怪我上がりで雨のピッチは危険だ。ましてや相手はその怪我をさせられた札幌だ。
それに「今日がラッキー星座だったらハットトリックだった」次郎のシュート力は捨てがたい。

交替での投入は3人とも攻撃の選手。ポポ・実・アレックス。これは試合状況から見てやむを得ない。
ロスタイムのセットプレーには雄太も上がってったんだから。



祐三、今日は眠れないかもなぁ…などと心配してしまう。
ヘコむな、なんて言わない。人間なんだからそりゃ無理だ。
ヘコみ切るところまでヘコんでいいと思う。


でもそのあとは、きれいさっぱり忘れて戻ってきてほしい。

「ミス?何だっけそれ?」

でいいじゃん。
直そうと思うことが見つかったとしたら、これから密かに直していけばいい。


チームメイトの近藤は五輪予選で致命的なクリアをして、敵にゴールを献上したのを全国放送で流された。

古賀は古巣の名古屋との対戦で、振り切られ手をかけたところを一発レッド、退場するときに名古屋サポからコールを浴びる屈辱を味わっている。

でもそれ以上の長い長い時間、ずっと体を張ってレイソルを守ってくれていることを、みんな知ってる。


ミスや屈辱を味わっても、俺たちの声でかき消してやるさ。
ずっと「こばやしゆーぞーアレアレー」って歌い続けるよ。


だから切り替え切り替え。気にすんな。


posted by SUN'S SON at 23:24| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月29日

日立台でドーピング

JFLは今は3部リーグだが、J2ができるまでは2部だった。
毎年の公式プログラムには表紙にキャッチコピーがあって、1997年は、
「興奮が足りません。ビタミンJFLを補給してください。」
だった。

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佐倉に来て二週間。始発駅からの通勤は楽だ。睡眠時間が1時間増えたのに等しい。

でも、「元気があるか?」と問われると、首を横に振らざるを得ない。


確かに引越し疲れもある。いまだに片付かないものもある。周辺の地理を覚えるのも大変だ。環境がまったく違うわけだから大変なのは当然だ。
でもそれは、日立台に引っ越したときも同じだったはずだ。むしろあのときは、当時まだ座れたTXに乗れなくなって通勤事情が悪化したと言ってもいいのだ。


原因を考えると、やっぱり「日立台を離れたから」という結論になってしまう。

ベランダからサッカー場の照明塔が見えたときの感激は忘れられないし、バスを降りて帰路につくときには、サブグランドでユースが練習しているのが見えた。試合も練習も歩いて観に行けた。住所を書くときはいつも一人で悦に入っていた。

佐倉に来たことを公開しているわけではない。しかし、離れてみてあらためて、「日立台」が自分にパワーを与えてくれたことに気づく。
しかし柏に住むのはお金がかかる(柏市は人気があるから住居費が高いのだ)。だから僕にとって、もう一度柏に住むことは目標であり今のモチベーションでもある。

とはいえ「日立台パワー」を失って、エネルギーが枯渇しているのもまた事実。
冒頭の言葉を借りれば、まさに「日立台パワーが足りません。ビタミンレイソルを補給してください。」の状態なのだ。

だから明日の札幌戦では、思いっきり日立台の空気を吸う。体の隅々まで日立台パワーとビタミンレイソルを行き渡らせる。


マラドーナの言葉を借りれば、こんな感じか。

「私がやったドーピングは日立台だけだ」
posted by SUN'S SON at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月13日

柏を離れるにあたって

柏を離れる前に完勝の試合を観ることができてよかった。
内容については他の方々が書いているから、いまさら触れない。


次のホームからは佐倉市から行くことになる。歩きも入れると1時間半くらいだから、そんなに遠くはない。とはいえ佐倉はホームタウンエリア(活動エリア)外。千葉市にも隣接しているから、どちらかといえばジェフ寄りだ。

実はホームタウンエリアを本格的に離れるのは12年ぶりだ。2001年のシーズン終盤に三ヶ月ほど離れたが、それを除けばずっと柏か野田の活動エリアにいた。

その12年前というのはどこにいたかというと、岐阜。93年から転勤で赴任していた。
初めての地、慣れない仕事の中で、自分と地元をつなぐ唯一のものがレイソル。
大げさに言えば、心の支えだった。


あの時遠隔地にいなかったら、ここまでレイソルに入れ込むこともなかったような気がする。


任期が終わって地元に戻り、毎試合ホームゲームを見に行ける喜びを感じた。
節目の試合の多くはスタンドで見ていた。
ナビスコ優勝、鹿島に引き分け逃したステージ制覇、残留を決めた2002年の最終節。

そして入れ替え戦で降格したあの日。


1人暮らしを始めるなら柏、と物件を探していたとき「日立台」の地名で決めてしまったのはレイソルがJ2にいるときだった。


岐阜にいたときのように、ホームタウンの外にいれば、また違った形のレイソルを見ることになるかもしれない。
しかしホームゲームのときは柏に戻ってくる。
そこが岐阜のときとは違う。

日常をホームタウン外で暮らし、試合のときは日立台に戻ってくる。そこで新しいものが見えるかもしれない。

それもまた楽しみではある。
posted by SUN'S SON at 17:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月02日

開幕戦が最終戦

この週末で、引越しにかかわる準備のかなりの行程を終えた。
諸費用と仲介手数料の支払い、駐車場の契約、ネットと電話の移転手続き、引越しの見積もりと依頼…。

部屋の掃除も完結するつもりだったが、最近慢性化している胃の痛みが酷く、動けなかった時間が結構あって半分もできなかった。
現況確認が9日の午前中に来るので、かなりの痛手だ。

車に関する手続きも済ませた。せめて柏ナンバーにしておきたい。

引越しの日取りは15日にした。当初は20日を考えていたが、ナビスコカップと重なってしまう。

仕事のことを考えると佐倉市への転入届は21日だろうと思うが、日立台住民として日立台でレイソルを見るのは9日が最後になる。開幕戦は僕にとっては日立台住民としての最終戦というわけだ。

でも、日立台に来ればいつでも僕の席は用意されている。
posted by SUN'S SON at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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