2007年10月07日

ゴールの次

昨日の試合は勝たなければならなかった。
ガンバの強さをひしひしと感じた。だからこそ勝たねばならなかった。


2つの失点につながった判定について取りざたされているが、僕はあの試合のポイントはそこではないと思っている。
正直に言うと、PKにつながったシーンはメインスタンド真ん中からはよく見えなかった。しかしあの試合は、それ以前に決勝点を決めておくべき試合だったと思う。


僕の思う試合のターニングポイント、それはフランサのゴールで得点したあとの再開後数十秒だと思う。


なぜあのゴールが生まれたか。やはりバレーの交替にあると思う。

前半のレイソルはよくしのいでいたと思うが、バレーの後ろのケアは結構危なかった。
やはりレイソルの選手にとって、バレーには特別な思いがある。それが守備にも現れていて、バレーを抑えることに集中しすぎていた感がある。
結果、二川ら二列目以降の選手がフリーになり、攻め込まれる時間帯が多かった。

とはいえ、よくしのいでいたと思う。
しかしそれは全体的に下がり気味になっていたから防げていたということもあり、前線への効果的のボールの供給が少なくなり、相手守備陣、とりわけシジクレイにはほとんど読まれていた。

そのバレーが負傷で後半からは幡戸に交替。
もちろん幡戸も怖いことには変わりないのだが、バレーに対する特別な感情などはない。
その結果一人にマークが集中することがなくなり、レイソル本来の陣形が整い、バランスが良くなった。

フランサのゴールはそのバランスの中から生まれた。
レイソルの本来のスタイルから生まれたゴール、言い換えれば本来の力と言える。

しかし再開後にすぐ、最終ライン近くまで攻め込まれた。ゴール裏の「ヤマト」が終わらないうちに。
ピッチもスタンドも勢いを削がれた。

ゴールの後にすぐ攻め込まれるのは、意識が前に向いていたところに冷水を浴びせられることになり、畳み掛ける攻撃ができなくなる。
そのあともしばらくレイソルの攻勢が続いたが、あの攻め込まれるのがなければ、もっと相手を圧倒できたのではないかと思う。

そして勢いを失い、ミスが増えた。バランスが失われた。
失点はその延長線上にあったというべきだろう。

去年の日立台の東京V戦をスカパーで見ると、フランサの見事なボレーシュートが決まったあと、石さんが「オカ、オカ!集中して!」と言っているのが聞こえる。
得点後にも守備の意識を切らすことなく、その次につなげられるか。TOP3への条件の一つはそこにあるのではないだろうか。
posted by SUN'S SON at 14:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月04日

ガンバ大阪のおもひで

僕はガンバ大阪を「レイソルのJリーグ参入を1年遅らせたチームチーム」と認識していた。


詳細は以下の通り。
Jリーグが発足した1993年、準会員のレイソルはその下のリーグ・JFL1部で5位に沈み、翌年からのJリーグ参入要件を満たせなかった。
だが、当時の川淵チェアマンが「ナビスコカップでベスト4に入れば」という救済措置を出した。

当時のナビスコカップの大会方式は、以下の通り。

・Jリーグの10チームと準会員3チーム(磐田・平塚(現:湘南)・柏)の計13チームをを6チームと7チームの2グループに分けて、1回戦総当たりのリーグ戦を行う。
・各グループの上位2チーム、計4チームが決勝トーナメントに進む。

つまりベスト4とは、この決勝トーナメント進出=グループ2位以内に入るということだった。

JFL終盤に獲得したカレッカを擁するレイソルはなかなかの健闘を見せた。7チームのグループで最終節に4勝目を挙げ、これでベスト4・・・!と思ったら、その節に限ってガンバ大阪が大量得点し、得失点差でレイソルの上を行ってしまった。
そのためレイソルはベスト4を逃し、救済措置も発動せず、JFLをもう1年戦うことになった。

だからガンバ大阪戦は、仇敵として個人的に燃える試合だった。

・・・と思ってこれを書くための下準備にWikipediaを覗いたら、

レイソルの上に鹿島もいた。

つまり僕の勘違いだったわけだ。

とはいえあのナビスコカップは燃えた。
当時のJリーグとJFLの差は、今の比ではない。
全国紙のスポーツ面でも、ブームということもあってJリーグが大見出しになっているのに、JFLはほんの片隅にスコアが載っているだけ。

柏レイソルなんて全然知られていなくて、それがきらびやかなJリーグの世界に参入するかもしれないというときめきは、J2やJFL、地域リーグまでもか認知されている今に比べて、計り知れないものがあった。

もう14年も前の話になるのか。ドーハの悲劇と同じ年だもんな…。



近いところの話をすると、2002年の残留争い、最終節で残留を決めたときの相手がG大阪だった。
ホーム日立台だった。確か宇野沢とエジウソンのゴールで2−0と記憶している。

この年からG大阪は西野監督。アウェー側のゴール裏では、

「西野 西野 お前はいらん 荷物をまとめて柏へ帰れ」

と叫んでいた。今の繁栄の中、彼らはどう思っているだろうか(笑)。


ラモスがコーチになった初戦もG大阪だったな…。
明神よりも光輝に会いたいな…引退しちゃったけど…。


今、レイソルは第二次黄金時代に向けてひた走っているから、西野さんと石さんの対戦は、第一次と第二次の黄金時代監督対戦になる。

今年も西野さんがいい思い出をプレゼントしてくれることを願っている。
posted by SUN'S SON at 23:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月26日

目標地点設定済み

前の記事をアップしたあと、一夜明けてレイソルのサイトを見てみたら、自分の記事の前に、すでに広報日記と日立台短信で次の目標が掲げられていた。単純に自分がチェックしていなかっただけであったorz

しかし、新たな目標「TOP3」を見て、あらためて自分の提案は間違っていないと確信した。


前回挙げた「平均勝ち点」で全チームが推移すれば、順位の変動はない。しかし、前記の2つのブログにもあるとおり、鹿島と清水は上位対決を4試合残しているから、星の潰し合いがある。
特に鹿島はレイソルとの戦いを残しており、我々が叩けば上にのし上がれる。

そうやって計算してみると、勝ち点64というのは、TOP3に入るのにかなり現実的な数字である。自分自身にGJと言ってやりたい心境である。



さて、東海地方の友人(グラサポではない)から、アウェー名古屋戦の誘いがあったので、今週末は瑞穂球技場に行く予定だ。
生観戦したアウェーの対名古屋戦は、記憶にある限り1勝1分2敗と負け越している。しかし負けたのはいずれも豊田スタジアム。今回は初観戦の瑞穂球技場だ。相性は関係ない。

そして翌日は日立に行って水戸−仙台でオカを見る。完璧な週末である。
posted by SUN'S SON at 11:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地球は救われた、さて次の目標地点

ファーストチャレンジで目標を達成したというのはめでたい。
これまでの猛暑のせいか冷房病か、このところ疲れやすいのでイエローハウス参加を見送ったのだが、今になって申し込んでおけばよかったと後悔していたりする。


昨日も書いたが、新しい目標が必要だし、すぐ出てくると思っている。リーグ戦の四分の一近くがまだ残っている。8試合もある。石さんの言う「近いうちに優勝争いができるチーム作り」の布石とするためにも、早急な目標を挙げることが重要である。

そこで僭越ながら僕から申し上げたい。

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新しい目標は、

「勝ち点64」

を提案する。
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つまり残り8試合で勝ち点18、つまり6勝。正気か?と思われそうだが、無論これには理由がある。優勝争いができるチームになるために。


優勝争いをするのに大事なこと、まず第一に「苦手チームを作らない」。

今季まだ勝っていない相手で、残り8節で対戦が残っているのは、G大阪・神戸・鹿島・甲府。鹿島以外は日立台で迎え撃つ。これは何としても勝ちたい。
また、レイソルにとってカシマスタジアムは勝率がきわめて悪いと記憶している。優勝争いのためには「苦手な場所」も作ってはならない。

したがって、上記4チームには必ず勝たなければならない。


優勝争いでもう一つ重要なのは、ホームで確実に勝つこと。

上記のG大阪・神戸・甲府以外のホームは柏の葉の横浜FC戦。横浜FCのモチベーションは、残留争いの動向に大きく左右されることも予想されるが、相手がどうであれ、ホームであるからには勝つという強い気持ちを、レイソルに関わる人すべてが共に持ち続けたい。

これでもう5勝ということになる。すると勝ち点は61。


ここで目を転じてこれまでのレイソルを「1試合あたりの平均勝ち点」という視点で見てみる。

26節で46点だから、1試合平均は、
46点÷26試合=1.77

これを残り8試合に当てはめると、
1.77×8=14.16

この数字を今の勝ち点に足すと
46+14.16=60.16

となり、上記の5勝した場合の勝ち点=61に近くなる。
つまり、これまでペースを保っていけば5勝はそう難しくなく(あくまで数字上の話だが)、「近い将来の優勝争いへの布石」という点では少しチャレンジに欠ける。
また、「鹿島以外のアウェーは負けてもいいのか」ということにもなりかねない。

そこで、残り試合でのアウェーの勝率を最低でも5割にするという課題を設定し、カシマ以外で1勝以上ということでさらに3点を目標にプラスし、64とした。


これに達したら…

アンドロメダ到着・機械化帝国崩壊か?
posted by SUN'S SON at 00:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月24日

後方の指揮者

多くの人が指摘しているとおり、昨日のMOMは永井俊太だと思う。

川崎はメンバーの多くが入れ替わったとはいえ、石さんが礎を築いたチーム。しかもそれをこれまた名将関塚監督が引き継いでいるんだから、誰が来ても怖いことには変わりはない。

同じところに基礎があるチームだから、前半はがっぷり四つ。観ていてかなり疲れた。悪い意味ではなくて、集中して力が入る時間が長いから、観ているだけでエネルギーを消耗してしまう。「零点放射を語るときのミクロで見た真空」と言えば理系の人はわかってもらえるだろうか。僕は文系だけど。


前半で巌が負傷し、俊太に交替。負傷交替だからゲームプランどおりの交替ではないにせよ、結果的にこれが効いた。


巌・アルセウ・俊太の三人のボランチのうち、最も攻撃的センスに優れているのは俊太だと思う。
直接ゴールに結びついたものでも、1点目・3点目のパスは見事という他ないし、4点目も石川にピンポイントであわせ、アウセウのゴールを呼んだ。
そして、彼が中盤の底から前線にボールを供給することによって、両サイドの更なる活性化をはじめとした波状攻撃につながったことも見逃せない。


では、巌がよくなかったのかというと、決してそんなことはない。前半を拮抗した形で抑えられたのは巌あってのこと。レイソルは伝統的に初物とかメンバー入れ替えなどの奇策に弱いところがある。それはゲームプランを修正するのに時間がかかるということを意味する。レイソルサポーターが相手のメンバー大幅入れ替えに不安を見せるのはこのためだ。

しかし前半をそれほど大きなピンチも多く作らせずに終われたのは守備陣の奮闘があったからで、その中で巌は欠かせなかった。その結果、後半は川崎のACL疲れを引き起こさせ、俊太の攻撃センスを遺憾なく発揮することができるようになった。


そしてもう一人、石川直樹をたたえたいと思う。たぶん日立台でのJ1リーグ戦先発は初めてだと思う。1対1で何度か振り切られることもあったが、総じて落ちついたプレーができていたように思う。昨日はCBで去年とはポジションこそ違えど、去年の終盤のギリギリの厳しい昇格争いで先発出場した経験がしっかり身に付いていると感じた。



おそらく名古屋戦の前に、新しい目標は決まるだろう。
Jリーグ元年の1993年1stステージ、鹿島アントラーズが残り4試合を残して優勝を決めたが、そのあとは4連敗で終えたと記憶している。目標を果たした後に気が抜けてしまうのは見ている方からしてもちょっとがっかりしてしまう。
石さんのことだから、そんなことはないと思っているが。

その目標と、古賀の首と巌の怪我の状態を気にしながら、一週間過ごすことにしよう。
posted by SUN'S SON at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月21日

こんなんできました

地球滅亡目前なのだが、目標達成前に感傷的になったりするのはあまり誉められたことではないので、後ほどということで。川崎戦の直後に書けますように。



他チームの話だが、2005年だったか、神戸のカラー変更は残念だった。白黒の縦縞のユニもチームフラッグも、非常に秀逸なデザインだったから、なおさらだ。

オーナーの意向、楽天のチームカラーといえば仕方ないのかもしれないんだけど、もう少し何とかならなかったのか。ミカエル・ラウドルップも袖を通したデザインなのに。


チームカラーの変更は、いろんなところに波及する。とりわけサポーターにとっては、チームグッズもそうだが、他の日用品でも好んで選んでいたチームカラーが無意味になってしまうのが虚しい。

特に白黒のモノトーンという探しやすいものから、えんじ色というなかなか見つからないものになっのだから、同情してしまう。



振り返って、わが柏レイソルはどうかというと、諸事情をかんがみるに、チームカラーの変更は、まずないと思う。チームグッズは黄色だから問題なし、では、それ以外は…というと、意外と黄色いものってない。赤や青はいっぱいあっても、黄色はあまりない。


だから、同じものでも黄色があると、迷わずそちらを選んでしまう。多少高くても黄色を買ってしまう。

仕事で使うテプラは黄色時に黒文字。ファイルボックスも担当者権限で黄色だ(笑)。
ワイシャツも黄色を数着持っている。

家に帰れば、フライパンとタオルは黄色を見つけたから迷わず購入。Tシャツやポロシャツも黄色があったら迷わず買う。

半年前には自分の歳も考えず、車を黄色いものに買い換えてしまった。それにレイソルのロゴのステッカーを貼って、一人で悦に入っている。


周囲には着々と黄色が増えつつあるのだが、探すのには結構エネルギーを使ったりしている。


「もっとラクに黄色が見つかるところってないの〜?」

ということで、自分で作ってしまった。

イエローショップ
http://yellow-shop.com/


売ってるものは全部黄色。
9月3日に、「レイソルを連想できるネットショップを準備中」と書いたのはこれのことです。


まだそれほど商品数は多くないけど、今後増やしていく予定なので、黄色いものを探している人は、どうぞよろしく。
posted by SUN'S SON at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月13日

ビスタがやってくるヤァ!ヤァ!ヤァ!

↑このタイトルもどのくらいの人がわかってくれるか不安だが…(笑)。


この時期だから、サッカー以外のことも書いとこう。



僕はMacとWin機をそれぞれ持っている。メインはMac、MacでできないことはWindowsでやる。とはいえC2D積んでるWinの方が高性能なんだが。

で、近頃Win機の調子がよくない。どうやらシステムの根幹部分をやられてしまったようだ。



昨日は体調不良で休暇をとったが、午後には回復してきた。
この日もWin機は調子が悪かった。起動中に止まってしまうこともある。

データはシステムとは別の物理ドライブに格納しているから、OSのクリーンインストールやっちゃおうかなぁ…と思った。
とその時。


ちょうど手元に「1680円で手に入れたWindowsVista」があるのを思い出して、思い切ってこれ入れちゃおうかと思った。

べつに不正なルートで入手したわけじゃなくて、マジで1680円。安定したxp機がほしくて、Vista発売直前の去年の12月下旬に買ったから、Vista自体はアップグレードキャンペーンで送料しかかかってないというわけ。
(ちなみにHomePremium)

実はWindowsのインストールはこれが初めてなんだけど、クリーンインストールだから失敗しても何とかなるし。
セキュリティソフトの対応状況を確認して、いざインストール。




……………




ラクなんだねぇWindowsも。


全部終わるまでに5時間くらいかかったけど、実際にPCの前で操作したのは1時間もなかったんじゃないだろうか。

さらにこの中には、ワイドモニタに対応させるため、グラフィックドライバのインストール手順等を調べていた時間や、セキュリティソフトのアップグレードの時間、さらにはハードディスクが回りっぱなしなので、近所の100円ショップに買い物に行っていた時間も含まれる。

最初からちゃんと調べてやっていたら、3時間もかからなかったに違いない。


問題はxpのソフトがVistaにどれだけ対応するかだが、Macと違ってどのソフト会社もVista対応の可否は商売に直結するから、まあ何とかなるだろう。


まだ少ししか触っていないが、パス(フォルダの階層)の表示や構成がxpとだいぶ違うようなので、ちょっと慣れが必要かな。あとMSIMEのプロパティをいつでもいじることができなくなったのはちょっと困っている。

まあサブ機だし、ゆるゆると慣れていくことにしよう。
posted by SUN'S SON at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月07日

シモさん、下ちゃん、下平選手…

「シモさんの探球報告」が始まってから、興味深く読んでいる。


僕がはじめてレイソルの試合を見たのは1994年の長良川競技場、JFL第2節の西濃運輸戦だったことは、以前ここで書いたような気がする。
(ちなみにこの試合、今年日立台で笛を吹いている村上主審も西濃運輸の選手として出ている。彼は同年の日立台でもレイソルと対戦している。)

最初に見たのがカレッカのゴール、次が西濃の椎葉のゴール。同点になったところで、その次に見たのが下平「選手」のゴールだった。


そのときのゴールという麻薬に魅せられたまま、今に至る。


当時はインターネットは普及しておらず、電子コミュニティはパソコン通信だった。NIFTY-Serveに集う面々は、彼のことを「下ちゃん」(しもちゃん)と呼んでいた。
だから僕は、今でもそう呼んでしまう。

よってここでも、下ちゃんと呼ばせていただくことにする。


ブログにはカズとの会話が書かれている。


今現在知っている人がどれほどいるかはわからないが、下ちゃんとカズは代表で一緒だったことがある。98年フランスW杯の予選のときだ。

残念ながら下ちゃんは予選でベンチ入りはあるものの、出場はない。そして本戦に向けた最終選考のためのフランス合宿のメンバーから漏れてしまう。そしてカズはフランスに行ってから落とされた。


落とされた段階は違うものの、同じ悔しさを共有している二人。


当時はカズのことを「もう終わった選手」として酷評するのがサッカー通を気取るトレンドだった。それが今は、リスペクトしている人の方が圧倒的に多い。自分もその一人だ。
日本のサッカーの土壌も成熟してきてるんだなぁと思う。


話を下ちゃんに戻そう。

レイソルのボランチは誰?と聞かれて、現在は巌・アウセウ・俊太。ちょっと前は明神になるが、「背番号5」の下ちゃんを思い浮かべるのはかなりの古株だ。

人づてに聞いた話だが、レイソルがまだJFLに所属していたとき、「JFLでも柏は見る価値がある。沢田謙太郎と下平隆宏がいるからだ」と一部で言われていたらしい。

実際それだけの実力を持っていたし、サポーターにも愛されていた。そんな彼がフロントとしてレイソルにいて、ブログでその生の声を聞けるのはうれしい。

これからも楽しみにしています。



望も引退したらレイソルに戻ってブログ書いてくれないかなあ…。
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2007年09月03日

強さの共通点

日曜日の試合も「守り勝ち」。悪い意味で言っているのではなく、相手の攻撃を正面から受け止めながらも最後には勝つ、という横綱相撲に近いものがある。


今年のレイソルの強さを見るに、かつてレイソルが一番輝いた時代、第一次黄金期とも呼べる西野監督時代と共通したものを感じる。

それは至って単純明快。「勝つことの前にまず負けないこと」を重視しているように感じる。言い換えれば、「負けないサッカー」という土台の上に「勝つサッカー」を築いているということになる。だから砂上の楼閣にならない。


では去年はどうだったかというと、もちろん志向していた。全員守備で厳しいプレスをかけるのは、相手の攻撃の選択肢を狭め、結果攻めさせない→失点の可能性を排除していくこと。失点しなければ、負けない。石さんの志向するものだ。

ただ去年は守りの「核」といえる選手が少なかった。雄太と巌くらいか。CBに核がいなかったので、失点は多かった(岡山ゴメン)。

それゆえ古賀の加入は大きい。これで雄太−古賀−巌・アウセウと、守備の核が縦のラインに並んだ。チームに大きな柱ができたことになる。

そして最近の祐三の著しい成長、全員守備、それでも落ちない運動量。負けない要素がそろっている。


リーグ戦の最大の目標は、1つでも多く勝ち点を積み上げることにある。「点を取られなければ負けない→勝ち点を得るためには失点しないこと」という一見単純なことだがとても難しいことを、今のレイソルは忠実にできているように思う。

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ただいまレイソルを連想できるようなネットショップを準備中です。
※「レイソルを連想できる」といっても、レイソルおよびJリーグの権利を侵害するものではありません。もっと単純なものです。

開店にこぎ着けられたときは、当ブログでも告知・リンクします。お楽しみに。

posted by SUN'S SON at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月22日

イエローハウス

代表よりもレイソル、ということで今日はイエローハウス。

会社から自宅に戻り、Yシャツから着替えたところで歩いてサッカー場へ…という段取りだったが、常磐線がフラ様、ではなく雷様の影響で止まり、振替輸送でTX経由。おかげで柏駅からはタクシーを使う羽目に。

場所はサッカー場内の会議室。
出席するのは3回目。スタッフの方が僕の顔と名前を覚えてくれてうれしくなる。

代表戦のためか参加者は少なめ。おかげでいろいろなことを話せて、またいろいろなことを聞くことができた。内容はここに記すことはできないが、非常に意義のある時間だった。

終了後もスタッフの方と10時近くまで話し込んでしまった。
(つかまえてしまってすいません。)


イエローハウスは平日夜間なので参加者が限られてしまうという点はあるが、僕はこれがベストの時間だと思う。
休日にやると試合日もしくは前後の日が多く、どうしても話題がそちらに偏ってしまうからだ。

普段顔を見ることのないフロントの方々が、現在の快進撃に満足することなく、サポーターのために、レイソルを地域に根付かせるために、日々とても真摯に仕事に取り組んでいることを肌で感じることができる。

代表の試合は録画でも見ることができるが、フロントスタッフの方と話ができる機会はなかなかない。
ましてや、このように一つの部屋で卓を囲み、顔を突き合わせて話せる機会を定期的に持つクラブは、他に探す方が難しい。
(というか他のクラブの事情を知らないので…)

時間の許す人は積極的に出てみよう。非常に貴重な時間だ。


最後に、話の内容ではないので気づいたことを一つだけ。

終了後、スタッフの方と話していたら、

…ゴキブリ見た…。
バルサン焚くことをおすすめする。
posted by SUN'S SON at 23:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月19日

リスタートダッシュ成功の要因

3試合を消化して7という勝ち点を得ることができた。
この数字自体ももちろん上々だが、この結果を得られた背景にとても大きな意味があると思う。

第一に、この状態は開幕のスタートダッシュと似て非なるものだという点。

開幕前の快進撃は、昇格チームということでレイソルがあまり研究されていなかった、いわばビギナーズラック的な要素があったことは否定できない。前半戦の後半で伸び悩んだのは、他チームが研究してきたことにあると思う。

中断期間明けから3試合、レイソルの戦い方は以前と変わっているか?と見てみると、太田の加入で右サイドが活性化した他は特に変わっていないと思う。

戦い方云々ではなくて、この暑さの中でもプレスをかけられる時間が前半戦と比べても落ちていないこと、DFが以前にも増して屈強になっていること(古賀は相変わらず安定しているし、祐三の充実ぶりが目立つ)などが感じられる。

これは、中断期間中に「全体の戦力の底上げ」に成功した結果だと僕は思っている。


2点目として、現在のベースを崩さないことを前提にピンポイントの補強を行った点。

補強は太田のみで、そこには「右サイドの活性化」という明確な意図があった。それ以外のチームの基本は、まったくと言っていいほど変わっていない。
これは現在のチームを熟成させていけば勝てるという方針があり、そこに足りないものとして太田を補強した、ということだと思う。

結果として、チームは底上げに成功し、さらに太田自身移籍後初ゴールを挙げるなど、サイド攻撃が活発になっている。

21節終了時点で勝ち点33。目標勝ち点の45まで残り13試合で勝ち点12と、1試合平均が1.00を下回った。これは結構すごいことだと思っている。
posted by SUN'S SON at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

石さんの親心

「ライフショック」からはまだ立ち直れていないのだが、これについては触れないわけにはいかない。

コメントにも書いたとおり、夏祭りには行けず、岡山レンタルの報は23時ごろ知った。

先ほど公式サイトを見たら、移籍先はネット上の憶測どおり仙台だった。
仙台かあ…。思い浮かぶのは、根引・森川・田ノ上。レイソルとの関係は浅くない。

彼の築いたものがあまりにも大きいゆえに、ショックを感じている人はとても多いと思う。
僕も、オカによって結ばれた「家族」の絆がほころばないか、心配しないわけではない。

しかし、彼が自ら下した決断を尊重したいし、オカ自身にとってもベストだと思う。


−−−−−


正直に話すと、2006年の開幕前、僕は「1年での昇格はない」と思っていた。自分の心に保険をかけていたわけだ。

開幕戦、前年と違って明らかに選手は闘っていた。しかし土壇場で湘南に追いつかれたのを見て、僕は「去年の開幕と同じじゃないか」と頭に血が上った。
しかしその直後、去年と決定的に違う場面を見た。終了の笛と同時にへたり込んで、ものすごく悔しそうな顔で地面をたたく選手がいた。

その光景を見たとき、自分が救われた思いと同時に、「1年で上がれるんじゃないか?いや上げさせよう」と気持ちが変わってきた。


それが岡山だった。


あの「公開処刑」から4ヶ月、久しぶりに日立台で「闘う男」を見ることができたのはうれしかった。
オカは、消えかかっていた僕の「レイソル愛」に再び火をつけた。

それから約2ヶ月後、僕は今の住所に引っ越した。
オカがいなければ、今ここに住んでいなかったかもしれない。



今季、石さんは岡山をほとんど使っていない。

今思えば、伏線はすでに去年あった。

天国と地獄の分かれ目となるJ2最終節。岡山はベンチ、替わって近藤がフル出場した。
これに当時、「?」と思った人は結構多いのではないだろうか。

今でこそ古賀とCBのレギュラーを張っている(そして怪我が完治したらまた先発に戻るであろう)近藤だが、去年は10月にようやく戦列に復帰、その後も途中出場しかしていない。
リーグ戦で培った連携や経験値を考えれば、岡山のほうが確実に見える。途中出場のみで「ゲームの入り方」の試合勘のない近藤に先発を任せるのは、ある意味ギャンブルだ。

しかし、オカの移籍のコメントを読めば、すべて納得できる。

>「日立台での札幌戦で2点差を逆転された時、自分の心が折れた」


オカは、ピッチ外で見せる陽気さと裏腹に、常に自分を「闘っている」環境に置いておきたい性格なんだろうと思う。

実際、オカはゴールを決めたとき、他の選手のように喜ぶのではなく、むしろ鬼の形相になる。
日立台での東京V戦のとき、キッカーの平山に、「俺に出せ」と合図しているときのような、ゾクゾクするような戦いの最前線にいないと自分が錆び付いていくのがわかってしまうのだろう。

だから札幌戦で心が折れたというのは、自分の中の闘争心がなくなった――――自分自身が錆び付いてしまったことを意味するんだと思う。

石さんにはそれがわかった。オカの闘争心が消えたのが見えた。
だから最終節には出さなかった。いや、出せなかった。



昇格は果たせた。完全移籍も果たした。でも周囲の環境は何も変わっていない。
そんな中で失った闘争心を取り戻すのは難しかったのかもしれない。


石さんもそれがわかるから、オカを使えなかったんだと思う。


歯がゆさを感じていたのは、誰よりもオカ本人だと思う。
>「自分がレイソルの一員でいるのに、今のままでは相応しくない」
この言葉にすべてが凝縮されている気がした。


彼自身、相当悩んだに違いない。
自分を愛してくれたフロンターレを離れ選択したレイソル。そこでもたくさんの人に愛されながらまたチームを離れてしまうことに対して、サポーター思いのオカのことだから苦悩は察するにあまりある。


でも、やっぱり、オカはプロサッカー選手だった。
眠っている闘争心を呼び覚ますこと。プロサッカー選手として正しい選択をした。


「怪我でDFが手薄なのに、今移籍させなくても…」という向きもいるかもしれない。

でも、この移籍は「オカが闘争心を取り戻せば、また強くなる。そしてまたレイソルの戦力になる」という石さんの期待と親心だと思う。

今の仙台は、ちょうど去年のレイソルと似たような状況にある。オカが求めているであろう「闘う環境」として、とても適していると思う。


宮本主務のブログで、ロッカールームの写真を見て思った。
「この二人に幸あれ…」
それはレイソルと、それを囲む僕ら「家族」の幸でもある。


柏で待ってる。
posted by SUN'S SON at 18:54| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

書けなくなった

練習試合のことを書くつもりだったけれど、ふとしたことからそれができない心理状況になってしまった。

テレビのリモコンで適当にチャンネルを変えていたら、ある番組で手が止まってしまった。

フジテレビの「ライフ」。壮絶ないじめを描いたドラマだった。

5分も見れなかった。
過去の記憶がフラッシュバックしてきた。


僕の半生はいじめとシカトの日々だった。
小学生〜大学生に至るまで、ずっとそうだった。
とくに高校生のときに、周囲のみんなに無視されたこと、陰で口裏を合わせて生徒会の役員を押し付けられたことは、とりわけ深い傷跡を残している。


もし僕が千葉県知事だったら、まず最初に県立柏高校を廃校にしてやりたい。


それでも僕は柏に越してきた。
それは僕にとっての柏が、柏高校ではなく柏レイソルになったからだ。
柏に住んでも富勢方面に行かなければいい。
(だからあけぼの山の練習は見に行ったことがない)

でも、あの5分で、しばらく「柏高校」での悲しい思い出を忘れられそうにない。


今でも胸が痛い。息苦しい。


ブログのネタもいくつかあったが、少なくとも今日は書けそうもない。


ごめんなさい。


みんな本当にいじめはやめよう。
他人の人生を負の方向に曲げる権利は誰にもない。
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2007年07月29日

練習試合・順天堂大学戦

練習試合を観るのは、実は初めてだったリする。

一本目にフランサが出ていたので注目していたが、練習試合でハードな削りもなかったことと、相手が学生ということもあり、やりたいことを思いどおりにできていたという感じ。コンディションは良かった。
それから太田の切れ味が抜群だった。突破、突破、突破の連続。ゴールシーンも見事なボレー。

この一本目は、右サイドの存在感が圧巻だった。藏川と太田の運動量はすごいと思った。

藏川が高い位置までボールを持って行ける、あるいは高い位置でボールを受けられるような気を見た上がりができるので、その先の太田もハーフウェイラインより下がることもなく、ペナルティエリア近くでの仕事を存分にこなせる。
亮のクロスをファーからボレーでゴールした太田の得点シーンは見事の一言だった。


二本目。中央ラインの守備陣は顔ぶれが同じなのに、違うチームのようになった。ミスから2点を立て続けに献上してしまう。
特に気になったのが1失点目。これはアウセウがボールを奪われたのが直接の原因だった。

これは前半戦の中ごろから気になっていたことだが、アウセウは守備力・展開力はやっぱりすごいなと思う反面、集中力を欠きやすい。しかも元に戻るまでの時間が長い。
この日も、受けたパスをどこに出そうか迷っている間にボールをかっさらわれての失点だった。

レイソルは阿部ちゃん(吉朗)のゴールで1点返す。

阿部ちゃんはこのゴールの前にも左からドリブルで持ち込んでいい感じの場面があったが、なぜか中央の相手守備の厚いところに切れ込んで行き、ボールを奪われる場面があった。

阿部ちゃんに求められるもの、それは正確さよりもシンプルさじゃないかと思う。

その後は膠着していたが、池元が途中で入ったあたりから流れが変わってくる。
太田は消えていた。それでも1点とるところは勝負強さを感じる。

三本目。池元以外は二本目と全面入れ替え。藏川が再び出る。

やっぱりドゥンビアの速さは規格外だ。そして抜け出したところでフィニッシュをミスるのもドゥンビア。それでも2点取っているから合格と言えるかな。

また、いつもは出る時間帯と試合状況から、ひたすら裏を取ることを求められるドゥンビアだが、この日は相手選手との攻防などで足元のボールコントロールも見ることができた。

同じことはジャンボ(大久保)にも言える。その背の高さからヘディングの競り合いの強さの印象が強く、実際この日の2得点ともCKからの頭だが、ボールの奪い合い・キープ時などの足技などでも身のこなしが軽く見えた。

ジャンボのゴールを呼んだCKキッカーは柳澤。この日のヤナギはボールに触る場面・要所に顔を出す場面が多く、なんというか正常進化の王道を進んでいる感じだった。

池元はゴールは奪ったが、多分まだトップコンディションじゃないと思う。サテライト鹿島戦の印象が強いので、余計にそう思ってしまうのかもしれない。この日は彼の切れ味が活きるポジショニングでなかったと思う。そういうところは試合勘なのかもしれない。

一本目と三本目はうまくいき、二本目はダメダメ。この違いは何なのかと振り返ってみると、すぐに思い浮かんだのは、やっぱり藏川の存在である。

前述のように、彼がボールを相手陣内まで持ち込む、もしくは相手陣内でボールを受けられるように走り込むことで、多くのチャンスを生み出していた。一本目は特にそれによって太田が相手陣内深いところで勝負でき、持ち味を充分に発揮していた。
藏川がが不在だった二本目に、太田がだいぶ消えていたことを考えると、やはりその存在は大きかったと思う。

他にもいろいろ感じることはあったが、ちょっと断片的なのでこのくらいで。
posted by SUN'S SON at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月26日

役満ねらい

イラクが決勝進出を果たしたから、日本が勝ちあがればこのブログのアクセスも増えるかも、などと思っていたのだが(苦笑)。

実は途中で寝てしまった。「リードしてこんなドン引きしてるサウジをこじ開けられっこないよ」と思ったので、眠気が先に立って布団に入ってしまった。

その後PCの電源を入れっぱなしにしていたのに気づいて、切る前にネットにつないだらやっぱり負けていた。

しかし今回はなかなか文章が出てこない。別に日本が負けたからではない。残念ではあるが、「まさか」などと思っていたわけではない。

バンコクでイラク戦を見た直後だから痛感する。テレビだとこんなにも受け取る情報量が減るとは。

まあその中でも言えることは、打たないねえ。

相手の捨て牌を読ん平和(ピンフ)であがれるところを、役満ばっかりやろうとして自分の牌しか見ていない。

仮に昨日勝っていたら、うれしいことはうれしいけれど、今の日本じゃイラクに勝てないと思う。イラクは弱点突くのうまいし、相手を自分たちの術中にはめるのもうまいから。

それにしても、負けたもの同士で日韓戦とはねぇ。
posted by SUN'S SON at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月22日

準々決勝もう一試合

ハノイでは去年に続いて川口が神になったようで。めでたいことです。

僕はハノイ行きも考えたけど、飛行機の時間が合わないので現在地からもっとも近い準々決勝会場・ラチャマンカラ国立競技場にイラク−ベトナム戦を見に行った。

下見でも驚いたんだけど、去年まで立見席だったバックスタンド2万席くらいが全部背もたれ付きの個別の席になっていた。金がかかっているなと実感する。
別な見方をすれば、それだけアジアカップの地元開催というのは一大事ということである。

地元タイ戦ではないので、客の入りは1万くらい。予想通り、地理的に近いベトナムサポが大多数を占める。

試合開始直後にイラクが直接FKを直接ベトナムゴールに叩き込む。僕は携帯メールをいじっていて見逃してしまった。号泣。しかし競技場のリプレイを見ると、とてもきれいにゴールに吸い込まれていた。

その後は互いのいい面が出ていたように思う。個人能力と視野の広さ、読みに勝るイラクと、それを組織力で数的優位を作り出して守るベトナム。ときどきDFの枚数が足りなくて危なくなる場面もあったが、全体的に意思統一はできていたように見えた。

ただ、ポゼッション的には明らかにイラクで、ベトナムは少ない攻めの機会も右に偏りすぎていて、ことごとくイラク3番のDFに読まれていた。

そのまま前半終了。

後半は、イラクが16日のオマーン戦のように、裏をとる動きが多くなってくる。
しかしベトナムはDFラインがしっかりしているので、すべてオフサイドを取れていた。とはいえイラクの守備も前半に増して安定してきたので、「ベトナムはここから点を取るのは難しいなぁ…」と見ていて思うようになってきた。

イラクの2点目はまたもやFKを直接叩き込んだものだった。1点目を生で見逃してしまったが、リプレイを見ていたので、2点目が決まった瞬間、「あ、やっぱり」という言葉が思わず口を突いて出た。

ベトナムは壁に入った選手の集中力がない。イラクはそれを見抜いていて、クイックでFKを蹴ってきた。だから蹴った瞬間もベトナムの壁の選手はジャンプしていない。かくしてボールは壁の上で弧を描き、そのままゴールに入った。

この2点目で大勢は決まった。この状態でベトナムがイラクから2点を取るのは不可能だ。
しかしそれは観客が思うことで、2失点目から選手も半ばあきらめモードになってしまい、その後失点こそしなかったものの積極性が薄れてしまったのは残念だった。サポーターも静まり返ってしまい、広いスタジアムにはイラクサポーターの声だけが響いていた。

試合終了後、どこからともなく大きなイラク国旗が出てきて、選手がそれを掲げていた。サポーターも身にまとった国旗を掲げて大騒ぎだった。

試合後帰るときに、一人の白人が2階席から(僕も2階席にいた)、イラクサポーターに向かって"Fuck You!"と叫んで中指を突き出していた。すごく残念な光景だった。
アラブが、イスラムが嫌いなのは個人の勝手だ。しかし自国の勝利に喜ぶ人たちに向かって、それはないだろう。たとえば日本人だって北朝鮮代表のサポーターに向かってそんなことはしないと思う。闘っている選手たちや、それを応援する人々には何の罪もないのだから。

イラクサポの喜びをもっと見たかったけど、この競技場は帰りの交通手段の確保が大変なので、早めに出ることにした。

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これで開催国がすべて消えたわけだが、この4ヶ国で共催したことには大きな意味があると思う。

それは、弱いといわれていた国も、「ちゃんと強化すれば強くなる」ということがわかったということだ。
(マレーシアは微妙だが)

各国とも地元開催ということで相当強化をしたと思う。その結果、ホームの利はあるにせよ、予選を突破してきたアジアの強豪と互角に戦い、ベトナムはグループリーグ突破、タイとインドネシアもあと一歩のところまで肉薄した。各国の選手も関係者も、そしてサポーターも、強豪と互角に戦える喜びを味わえたに違いない。

逆に日本にとっては、東南アジアのこれらの国が「本気で強化することにより得られるもの」に気づいたということは、アジアの中のライバルが増えることを意味する。W杯の枠が増えることは考えられないから、南アの次あたりからは、これらの国々も加わった激戦になるだろう。

アジアの底上げという意味では、今回のアジアカップには大きな意味があった(まだ終わってないけど)。しかし全体が底上げされるということは、そのまま競争の激化を意味する。日本は、今回の開催国、そして新たなライバルとして加わったオーストラリアなどのライバル諸国を上回る進歩をしていかなければならない、と感じた。
posted by SUN'S SON at 15:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

14年間

すでにアジアカップ準々決勝が始まっているが、こちらでは見るすべがないので、更新などをしてみる。

旅行期間中に誕生日を迎えた。私も40歳になった。
それだけの年月を生きてこれたという意味ではめでたいが、30を迎えたときがそうだったように、十の位が変わるのは少なからずショックだ。そういう意味ではHappy Birthdayと手放しで喜べないのもまた事実。

しかし別の視点で見ると、僕がレイソルを知ってから実に14周年を迎えることになる。

レイソルとの初めての出会いはJリーグが始まった1993年。それから14年の間、よく続いたなあと思う。しかもいまだ現在進行形なのだから、これからも確実にサポ歴は刻まれていくことになる。

先日このブログをJB-Antennaに登録申請したところ、登録用掲示板に管理者の中野太陽会さんから、以前僕がやっていたwebサイトを見てくれていたとの書き込みがあった。
そのサイトは諸事情で閉鎖せざるを得なかったのだが、その障害は今はなくなっている。

もう一度…とは思うが、当時と違って今は、速報性ではブログには勝てないし、このブログはあくまでも「書きたいことを書く」ブログとして続けたいと思っている。あまりリアルタイムでやる予定はない。やっているうちに趣味のつもりが義務に思えてきて、書かなくなって放置…というのを何度か経験しているからだ。年はとっても根気はなくなってきているといえる。

今現在webサイトとして開設するなら、ブログ以外の方法で伝えたいものがなければ意味がないだろう。

僕が伝えたいと思っているのは14年の時間だ。僕も年を重ねた分、レイソルも時を刻んだ。26歳の僕が40歳になるまでの時間、常にレイソルがあった。

もし今からサイトを作るとしたら、そうした時間に重きをおいた、温故知新みたいなものを作ってみたいと思う。当時のネタも、今見る人にとっては新鮮に映るだろう。

そんなことをこの地で考えている。

そろそろもうひとつの準々決勝、イラク−ベトナム戦に行くとしよう。
posted by SUN'S SON at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

喜びとノルマと

今、異国のネットカフェでこれを書いている。

アジアカップを見た。といっても日本代表の試合ではない。一人旅なので、行ったことのないベトナムで開催国代表の試合を見たら、まず帰りの交通手段が確保できないからだ。

というわけでチョイスしたのが、Aグループのイラク−オマーン戦。同時刻に郊外の大きな競技場では、タイ対オーストラリアの試合をやっており、タクシーしか交通手段のない場所での混雑は帰れなくなるのでパス。
対するイラクオマーンの試合会場は、高架鉄道のそばなので帰りも問題なし。しかも日本が北朝鮮に勝ってドイツW杯の切符をつかんだ場所だ。

それと、ここにした理由はもうひとつある。
僕は東・東南アジアの国ではかなりサッカーを生観戦している。中国・韓国・シンガポール・マレーシア。しかしタイはまだ。で、タイで最も交通アクセスがいいこのスパチャラサイ国立競技場でやるカードはこれだけ、というわけ。

チケットは当日券でメインスタンド310バーツ。今は1バーツ=4円近いから、1230円くらい。同時刻のタイ戦は700バーツくらいだった。

イラクサポはメインスタンド、オマーンサポはバックスタンドに陣取る。雨が降っているので屋根がない分オマーンサポには厳しい。

僕は最初からメインスタンドに決めていた。応援も、戦争の傷からのリスタートに奮闘するイラク側につくことにしていた。イラクサポがメインスタンドでよかったと思った。

応援は、オマーンが他のアラブ諸国によくあるような、コーランを拡声器で流すような、日本人には頭の痛くなるような応援なのに対して、イラク側はチアホーンはあるものの、基本的には声と手拍子の応援なのが対照的で、僕はイラク側に好感を持った。特に声の大きさは特筆もので、ガスサポとためを張れるんじゃないかとも思った。

試合については特筆すべきものはあまりない。イラクは裏をとる動きが多かったもののことごとくオフサイドに引っかかり、オマーンは要所要所の守りと中盤までのボールの持って行きかたはいいが、フィニッシュにつながらず点が取れない。

結局スコアレスの引き分け。この時点でイラクのグループリーグ突破と、オマーンの敗退が決まった。


イラクサポの喜びかたはすごかった。試合後、客席でだけではなく、競技場を出てもその喜びは収まることはなかった。ピックアップトラックのボンネットに国旗をつけ、車体後部が地面につきそうなほど荷台に人がたくさん乗って車を揺らす。ドイツのW杯でも感じたことだが、自国の勝利やグループリーグ突破に対するストレートな喜びの爆発は、見ていて実に気持ちがいい。
いつまでも見ていたい光景だったが、時間も時間なのでその場を去った。


こういった光景を見ると、3連覇3連覇とノルマのように叫ぶ日本のメディアって、いったい何なんだろう、何様なんだろうと思ってしまう。
「絶対に負けられない戦いがそこにはある」というコピーがあるが、「お前ら絶対に負けるなよ」と代表に圧力をかけているように思えてならない。

仮にイラクサポーターの喜びの中に、戦争からここまで立ち直った、という気持ちが含まれていたとしても、だ。僕らがイスラム社会に対して思っている「攻撃的」な地域の人々が、自国のグループリーグ突破で見せた底抜けの明るさ、爆発する喜びを見ると、戦う前から優勝を想定して語る人々は、本当にこの競技を楽しんでいるのだろうか。

確かに勝っても負けても課題を見つけて前進する方が、進歩が速いのは当然だ。しかし自分たちの代表に、夢を託すどころかノルマを課して、そのとおりに進まないと文句を言ったり大騒ぎしたり、そういう人たちに一言聞きたい。


「サッカー見てて楽しいですか?」

posted by SUN'S SON at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月09日

狙いすましたタイミング

自宅のPSXが壊れた。選局と機能選択をまったく受け付けなくなった。

知らない人に説明すると、PSXとはHDD+DVDレコーダーのはしりで、PS2も遊べる。2003年12月に出たと同時に買ったから、実働3年半。ソニータイマーだなぁ。

しかし考え方を変えると、この時期に壊れたのはむしろ幸いだったと言える。

5月からスカパーに入ったんで、レイソルの試合はこれで録画し、勝った試合だけDVDにダビングしている。
(スカパーはコピーワンスなんだけど、僕のチューナー(これもソニーなんだよね)はそのコピーワンス信号を出さないからダビング可能。違法な改造などは一切していない。無論DVDをコピーして売るなどの違法行為もしていない)

だからJ1の中断期間中に壊れたのは、試合の録画にも影響せず、これまで買い替えようか迷っていた自分に、嫌でも買い替えを決断させたという点ではよかったと言える。

しかし別の問題もある。7月14〜24日の間、旅行に出ることがすでに決まっている。その間に録画したい番組もある。最低でもタモリ倶楽部は録画したい(笑)。
もっと言ってしまうと、ファミリー劇場の特捜最前線と西部警察が録画できないのは大問題なのだ(トシがばれるな(笑))。
これらをクリアするには、今週中、それも13日(金)までには買わなければならない。

そしてもう一つ。今回の旅行に際して、一度は手放したビデオカメラを新調しようかと目論んでいた。そこに来てPSXの故障。事実上の買い替えだ。もうPS2では遊ばないのでゲームはなくてもいいが、今のHDDレコーダーでPSXと同等のHDD容量(250GB)を持つものは、最低でも6万円。買おうと思っていたビデオカメラもだいたい5〜6万円。

両方とも買おうとすると12万。さすがに独り身とはいっても同時に買うことはできない。ではどちらをとるか?と考えると、使用頻度の高さからは明らかにHDDレコーダー。悲しいかなビデオカメラはあきらめざるを得ない。
ま、ビデオカメラの主戦場は、前にも書いた地域リーグ決勝大会だから、冬のボーナスでもいいか…。

しかし今週中に買うというのもハードル高い。旅行から帰ってきたらクレジットカードの締め日も跨ぐし、旅行中のタモリ倶楽部と特捜最前線と西部警察は涙をのんで我慢するしかないようだ。

アジアカップ?…僕らにとっては上富田の方が大事ですね。
posted by SUN'S SON at 23:24| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

志半ばにして

昼になって、元横浜FCのアレモン選手の事故死を知った。
今はただご冥福をお祈りするばかりだ。

レイソルサポにとっては日立台の大一番、3−1から追いつかれた試合が鮮明に残っている。

アレモン選手・元マンチェスター・シティのフォエ選手・セレッソの久高氏・元レイソルの星野晋吾氏。サッカーを愛する人が志半ばにしてこの世を去るのは、我々にとってもつらく、悲しい。

今日はアジアカップを見ながら、彼と彼らに手を合わせようと思う。
posted by SUN'S SON at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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